文化人類学 商品

文化人類学とは、人間の生活様式全体(生活や活動)のありかたを研究する人類学の一分野です。人類学には人類の進化など、生物学的側面から研究する自然人類学と、この文化人類学に大別されています。
なお、この名称はアメリカでよく用いられるもので、イギリスなどのヨーロッパ諸国では社会人類学とすることが多いようです。また、日本では民族学(民俗学はこれに関連した別の学問です)と呼ぶこともあります。
文化人類学では、文化について調べるもので、「後天的に獲得され、遺伝によって継承されないもの」「歴史によって形成され、維持・変化を伴うもの」
「ある集団の中で伝達・共有されるもの」を指します。具体的には、宗教や社会制度、伝統、言語、衣食住、生業、音楽や舞踏といった芸能などが対象となります。

オーストラリアと中国はもうダメかもしれない
 現在起こりつつある環境破壊について、現代のアメリカはモンタナ州、オーストラリア、チャイナに関する考察と、マヤ、イースター島などの過去に滅んだ文明の崩壊の様子について考古学や植物学などを使って推測する興味深い本である。
 特にオーストラリアについては最近の動向が不可解だと思っていたが、もしかしたらこの本にあるような環境破壊が深刻化しているのも原因かもしれないと思った。オーストラリア政府が、過去に現地の生態系の破壊を進める政策を取ってきたことや、主要産業である羊や持ち込まれた兎が環境破壊の原因であることは寡聞にして知らなかった。
 環境を上手く制御できた事例として江戸時代の日本も取り上げられている。ただ、日本も江戸時代に整備された美林が荒れ始めているのが非常に気がかりだ。
 筆者は2005年にチャイナの環境を心配しているが、2009年時点では、実態はさらに深刻で改善もされていないことが日々明らかにされている。この本が指摘するように、環境を破壊して回復不可能な状態にした文明は絶頂期からあっという間に崩壊する。
最後の木を切り倒したとき,そのイースター島の住民はどのように思ったのか?
『銃・鉄・病原菌』でピュリッツァー賞を獲得したジャレド・ダイアモンドの新たな文明論である.

前書でダイアモンドは,人類がそれぞれの環境に適応して文明を発展させた過程を考察することで,文明の発展の違いは人種的な要因よりも,環境という制約が大きな要因であったことをシステム論的に明らかにし,新たな人類史を示したのに対し,本書では環境破壊を通じた文明崩壊の過程を通じて,その要因を探り,環境破壊の危機に晒される現代社会が持続可能であるための条件を考察する.

文明の崩壊という現象は,宇宙の始まりや生命の発生と同様に研究室で繰り返しパラメータを変化させて実験できないため,ダイアモンドは過去に起きた文明崩壊,すなわちイースター島,マヤ,グリーンランドでのヴァイキングの入植,などの失敗を通じて崩壊の要因を抽出する.その過程は前書と同様に単に歴史をなぞるだけではなく,地理学的,生態学的なシステム論的考察を含み,ダイアモンドの見識の広さを感じさせる.

環境問題は科学の問題だけではなく,経済の問題でもあるが,ある解決法が提示されたとき,その解決法を社会が受け入れられるかは,その社会の文化にも依存する.その点で文明という観点で環境問題を捉えるダイアモンドの方法は有効ではないだろうか.

最後に彼は森林伐採などの8つの文明崩壊の要因を,中国やオーストラリアなど環境破壊が進む社会に適用し,予想される危機を回避するための手段を提言するが,本書で最も注目すべきなのは,学生がダイアモンドに対して発したある素朴な疑問である.
「最後の木を切り倒したとき,そのイースター島の住民はどのように思ったのか?」

それは,結局のところ我々にとっての未来の人間が次の疑問を抱くことと同じである.
「最後の石油の一滴をくみ上げたとき,21世紀の人間はどのように思ったのか?」
まさに,エネルギー・環境問題の本質はこの質問に尽きるだろう.最後の石油をくみ上げるとき,そのときの状況を全人類が想像できるかが,環境問題の解決に重要だろう.
崩壊する文明と存続する文明の境界にあるもの
現UCLA教授のJ.ダイヤモンドがこれまでに地球上で存続できずに崩壊へ
至った文明について、可能な限りの科学的証拠を基に、その文明の起源から滅亡へ
至るまでの過程を可能な限り解き明かした書になります。

本書上巻の書き出しは、現代の米モンタナから始まります。モンタナと言えば、
いまだに牧畜が産業の中心にあり、N.マクリーンの一連の著になる
「マクリーンの川(A River Runs Through It)」の舞台の中心ともなった土地です。
そのモンタナが抱える問題を過去に消滅した文明と関連付け、著者が導き出した
文明の崩壊を引き起こす五つの要素(環境被害、気候変動、近隣の敵対集団、
友好的な取引相手、環境問題への社会の対応)を引きながらモンタナの現在へ至る
盛衰を過去の文明と対峙させて描写します。

そのプロセスは環境被害、気候変動の科学的証拠だけではなく、だからといって
社会の対応をはじめとする人的な影響だけでもなく、時を経ながら複合して互いに影響し、
経過していく様をバランスを失わず客観的に述べ、論文調とは異なる立場をとりつつも、
一方では悲劇的に仕上げることだけを目的とするわけでもなく、文明の命運を
分かつエッセンスを抽出することに徹しています。

第2部には、イースター、南東ポリネシア(ピトケアン島とヘンダーソン島)、
北米国先住民(アナサジ)、マヤ、ヴァイキングが同様の手法で章立てて述べられています。

これらも可能な限り、これまでの考古学、歴史学で提唱されてきた仮説と対立する
面では、独断に陥らないように反証を提示しつつ、矛盾の少ない説を提供しています。

章末には取り上げた文明の盛衰を現代の文明、例えば現代アメリカが抱える課題と
その対応状況に倒置して簡単な類推を行うことで、さりげなく忍び寄る現代社会への
同様の脅威に警鐘を鳴らしており、現代文明の末路を明確には示しませんが、
読者が容易にその将来を類推し得る話題を提供することに本書の特徴はあります。

科学的証拠自体の検証は行われないので、その信頼性にはやや不安を覚えますが、
それを除くと本書の構成や文体、また意義や話題性は十分に高いものがあると思います。
圧巻
「銃・病原菌・鉄」で文明の成り立ちを論じた著者が、今度は文明の崩壊を考察している。

前著と同様、数々の科学的客観的事実を現地の伝承とつきあわせて考察していく過程は圧巻である。

ただ、上下巻を通して著者が伝えたかったことは環境の大切さということであろうが、

特に下巻の現代の環境危機を論ずる内容は、それ以前の客観的で冷静な考察とは一転して、

感情的で主観的な記述となっているように感じる。

上巻のイースター島を始めとするポリネシアの文明崩壊についても、

ポリネシア人の住む多数の島々の極めて稀な例であることを明記すべきと思う。

ゆえに★4つ。
環境問題は世界視線で一挙に解決が必要
「何故ある文明は環境とうまく渡り合って存続し、ある文明は失敗したのか」
「何故冷静に考えると滅びに向かうような決断を行うのか」

成功・失敗事例を過去・現在にわたり追いながら、この疑問に迫っていく。
著者なりの回答とその対策については、実際に読んで頂きたい。

前著ではかなり偶然的な動植物の資源・地勢などの環境的な布置から栄枯盛衰の必然を
説明してみせた。「環境破壊」に焦点があるものの、本書でもその基本路線は変わらない。
一見すると環境決定論者のようだが、政策や企業への実践的思想、人々の心性の重要性に
ついて熱く語っており、環境問題がいかに逼迫しており、今すぐにでも、一斉に解決しな
ければならない問題なのか伝わってくる。
但し、やや冗長。ゆえに。★ナイナス1。

巨大な「おくされさま」になりつつある中国が、このままのペースで発展・消費していった
ら、世界はどうなるのだろう。「近代世界システム」としての資本主義はその時みずからの
死を選び取るのか?それとも・・・奇跡的な価値観の転換を織り込むのか?


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